私たちの郷土枚方

左岸族のふるさと「枚方市」について

その2 牧野坂 阿弖流為

   京阪牧野駅を降りて南東へ、商店街を抜けてしばらく行くと道の両側に公園が現れる。
この公園はどちらも「牧野公園」である。 

 私の中学時代は「阪公園」と呼んでいたような気がする。校外学習の集合場所だったと記憶している。
 春には桜が咲き誇り、「枚方八景」の一つに数えられる市民の憩いの場所である。
 公園を分ける道の西側、「牧野坂エリア」の中央当たりに、鬱蒼と葉の茂った大きな古木と、石碑がある。これが、「アテルイの首塚」と呼ばれるものである。 


 アテルイは奈良時代の蝦夷の族長、征夷大将軍坂上田村麻呂との戦いに敗れ、都に連れてこられたのち、田村麻呂の助命嘆願かなわず、  河内の国で殺害されたと言われるが、その最後の地がこの牧野公園の首塚である・・・とされている。

が。残念ながら、おそらく、たぶん、きっと、いやまあほとんど確実に、ウソです。
 http://aterui8.jp/history/info/aterui_info212.html
このページに経緯が記されているのだが、ようするに、「面白ければウソでもよい」ということにしてしまったようなのだ。
「というはなしがありまんねんけど、どない思わはります?」くらいにしとけばよかったんだが、ちょっと、立派な碑とか立てて、やりすぎなような気もする。
世が歴史修正に甘くなったせいっていうのも、あるかもしれない。 

2021/5/20
取材:才木典秦

その一 北楠葉から橋本へ ~府境を歩く

枚方市北楠葉 楠葉台場

枚方市は大阪府と京都府の府境にあります。今日は枚方市の最北部北楠葉から京都府の最南部八幡市橋本を歩きます。地図で言うとこのあたり

かつて枚方市楠葉には台場(砲台基地)がありました。幕末、外国船の淀川への遡上を監視するという名目で、実は京街道(大阪と京都を結ぶ淀川左岸の街道)で尊王攘夷派を排除する関所の役目があったそうです

台場跡地は広場になっています。この日も家族連れが、お互いの距離に気をつけながら、ボール遊びや自転車の練習、昼寝をしていました

京都府八幡市橋本へ

大阪府と京都府の府境。右側が大阪、左側が京都。かつてこのあたりから淀川対岸の山崎に橋がかけられ、あたりは宿場町だったそうです。山崎は 「山崎合戦=天王山の戦い」の舞台です。 

八幡市は地域を「何区」という風に数字表記していることが多いです。このあたりは四区。昭和的フォントの公民館

京阪電車橋本駅近くの踏切。左岸族の二人は境界を区切ることと、それを超えるモチーフに惹かれるという共通点があります(というか普通に踏切いいですよね

橋本旧市街(遊郭~旅館街跡)

旧市街(かつての旅館街)が200mほどの道に沿って残っています。この辺りは遊郭街でもあったそうです。突然ジェンダー意識的文を書きますが、遊んだのは「男」です

良い町並み。ここで、喜劇も悲劇も日常も営まれていた面影が、古いつくりそのままの建物に残されているかのようです。子供がシャボン玉で遊んでいて、誰かが演出したかのような景色でした

府境の京都側の墓地。生活空間の近くに墓地のある暮らし。霊園付き高層マンションみたいなアイデアは、やっぱり今だと却下なのかしら?

ということで今回の枚方はおしまい

取材 本間盛行
撮影 2021/5/4
記 2021/5/5