観客席から
ここでは劇団に寄せられたお客さんの声を紹介していきます。画像は劇団準公式マスコット縫いぐるみ猫の「パイセン」
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ハニヒトリS2.52:
左岸族の芝居『左岸族狂言鱒釣』『カトクタイ』『空の底、城の北』の感想
さがんをゆくバスにゆられるこころの旅
yuuki
(2021/9/13 掲載)
劇団左岸族『さがんをゆくバスで』試演会を観劇した。
ひとは,強くこころを揺さぶられたとき,それを言葉に記したくなるものだ。それは,記憶を記録する行為であり,これほどの感動を忘れたくない(あるいは,この感動を他人に押し売りしたい)という願望のあらわれ。願望を叶えるために,私は自分のこころの奥を探る旅に出る。そして,その旅行記をさらすことになる。
そもそも,この演劇を観るために私は旅をした。こころの旅ではなく,リアルな移動を伴う旅だ。
このご時世,旅には多くの制約が課される。
出発の2日前にPCR検査を受け陰性を確認し,アルコールスプレーや除菌ウェットティッシュなどといった感染対策グッズをスーツケースにもハンドバッグにもつめる。どんなに対策して気をつけても,旅から帰ってきて感染したとなれば,たとえ旅が原因ではなくとも旅したことを非難されるだろう。
自らのワクチン接種(モデルナ)は1回目を終え,2回目の接種は2週間後。高校生の息子にいたっては,予約のめどすら立たない状況だった(その後,無事予約をすることができた。)。うちは,母子家庭なので,私が感染し運良く入院することとなると,息子はひとりで10日間の自宅隔離生活を送ることになる。もっと悪ければ,私が息子に移し感染した息子がひとり自宅療養するというケースすら考えられる。
正直,直前まで迷った。
誰にも言えず迷っていると,主催者である本間氏から,私がPCR検査を受ける前日に,左岸族のおふたり共がPCR検査の結果陰性であったこと,試演会を予定どおり開催するという連絡をいただいた。
左岸族は,やるという決断をした。
それに背中をおされ,私は行くという決断をした。
強い意思をもって決断するとき,そこには愛がある。
試演会当日,早朝ののぞみに乗り,午前中予定していた用事を済ませ,ホテルにチェックインしてから会場へ向かうことに。午前中の用事が押してしまい時間の余裕がないことに気づいたのはチェックインをしたあとのこと。でも大丈夫。事前にインプットしていた本間氏による道案内のおかげでこころの余裕を保ち,迷うことなく会場へたどり着くことができた。
このコモンカフェへの道案内『全き方向恩地のためのコモンカフェへの道のり』は,読みものとして面白く,もちろん道案内として完璧で,さらに試演会あるいは演劇への愛があふれているので,コモンカフェへ行く予定のある人もない人もぜひ読んでほしい。
会場に入る。本間氏と受付ぬいねこパイセンのほか知る人はいない。写真だけで知る才木氏に挨拶したいと思っていたが,見当たらず・・・
手持ち無沙汰なので,こっそりじっくり会場を視る。なんだか良い箱だなと感じたのは,演劇に対する愛がその空間を満たしていたからだと思う。
幕が開く。といっても会場に幕はない。あらじめ音楽が止まったらそのままはじまるというアナウンスがされていなかったら,どこから演技がはじまったのかわからなかったであろう,それほど自然に演技に入ってゆく。
というか,会場に入った瞬間から,幕開けに向かう仕込みがあったのだと気づいたのは,幕が下りたあとのこと。演劇は舞台の上だけで行われているのではない。役者,主催者と観客の距離が近い(箱が小さいという意味の距離ではなく)と色々なことに気づく。それがまたよい。
タイトルにあるように,演劇の舞台はバスの中。一律200円の路線バスに久しぶりに乗ることになったけれど,以前はよく乗ってたんだよねという程度の気軽さでバスのシートに座る男性。ここにもうひとりの男性が乗り合わせ,路線バスは,長距離バスか,はたまたミステリーツアーバスかという様相を呈する。
ふたりが自己紹介をして明かされる名を聞いて,以前,稽古で本を持ちよって読んでいるというお話を伺ったことを思い出す。ああ,ふたりで書いた脚本なんだなと感じ入る。その名に,ふたりの間のバランスの取り方があらわれているようにも思う。
演技のみどころは,才木氏のひとり三役長回しだろう。非常にセリフが多く,三人三様,くるくると変わる声音と表情の掛け合いは,すごい!のひとこと。そして,この三人を観ていると,だんだん『ちびくろさんぼ』のトラのように(トラは4頭だけど)三人がどろどろにとけて混ざりゆくような印象を受ける。私は何を観させられているのか。
一方,隣に座る本間氏の聞く演技。現在と過去,男性と少年を自在に行き来しているような,身体の動きと表情の変化から目を離せない。好奇心旺盛で愛らしい少年の魅力をはなつ聞き手がいればこそ,この才木氏の演技があるのだろう。
そして,対照的なおふたりがぶつかり合うユニゾンで舞台は最高潮に達し幕が下りる。かくして,トラバターは喪服の麗人となり,妖艶な姿を観たものの網膜に残したのである。
観客として試演会に立ち会うという幸運にめぐまれ,本当に素晴らしい旅となった。背中を押してくれてありがとう。
私は,少年と麗人に会うためにふたたび旅に出るだろう。
『左岸狂言 鱒釣』初公演の記錄(左岸族ホームページ版)
γ版・監修者 岡本一平
『左岸狂言鱒釣』本番前最終稿の監修をいただいた岡本さんからの記事です(PDF) →
(2021/8/24 掲載)